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千葉地方裁判所松戸支部 昭和50年(わ)15号 判決

主文

被告人を懲役二年六月に処する。

未決勾留日数中三〇〇日を右刑に算入する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一、昭和四八年一〇月三一日ころから同四九年三月一日ころまでの間、前後七回にわたり、別紙犯罪事実一覧表記載のとおり、東京都新宿区百人町二丁目二六番一八号鍋島和子方ほか二か所において、同人ほか二名に対し返済の意思および能力もないのにこれあるものの如く装い、右一欄表欺罔手段欄記載の虚構の事実を申し向け、同人らをしてその旨誤信させてその都度同所において同人らから寸借名下に同表騙取金額欄記載のように現金合計七二一万六〇〇〇円の交付を受けてこれを騙取し、

第二、竹本宗光と共謀のうえ、昭和四九年四月下旬ころの午前一時ころ、千葉県柏市高田一四〇八番地株式会社高橋鉄工所二階事務室において、同社代表取締役高橋弘光所有にかかる約束手形二通(手形番号東AN〇四〇五二・同A〇一三六一一額面合計四五〇万円)および現金八〇、九〇〇円を窃取し、

第三、右第二事実の窃盗罪により昭和五〇年二月一三日千葉地方裁判所松戸支部に求令状で起訴され、更に右第一事実の詐欺罪により求令状で追起訴され、松戸市岩瀬四四〇番地松戸拘置支所に未決の囚人として勾留され、同年五月二四日より右松戸拘置支所第三舎第三一房に収容されていたところ、同房の未決の囚人である下向勇・同福岩紀代二及び同加藤宏と共謀のうえ、同拘置支所から逃走しようと企て、同年六月二一日午後二時ころ、拘禁場である右第三一房北側の便所の換気孔の周辺のモルタル壁をドライバー状に研いだ蝶番の鉄製芯棒を使用して削り取るなどして穴を開け、同所から房外に脱出しようとしたが、脱出可能までの穴を開けることができず、その目的を遂げなかつた、

ものである。

(証拠)(省略)

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、被告人は判示第二の事実については、窃盗の実行行為をしておらず窃盗幇助の罪責にとどまるものである、と主張する。

この点に関する、被告人の捜査段階や当公判廷における供述と竹本の捜査段階や当公判廷における供述を比較すると、両名の供述には幾多の点で一致しない点がある。所論は、被告人の供述に依拠するものであるが、被告人の供述によつたところで、被告人は、竹本の「盗みをしたいので山探しするから車に乗せてくれ」との依頼を受け、松戸市や柏市の工場地帯を案内し、結局本件犯行当日、同人が盗みをすることを知りながら柏市の工場地帯を乗り廻した末、犯行現場付近のガソリンスタンドの所(犯行現場から一三〇メートル位の所)に停車し、同人を降車させ、窃盗を終えて戻つてきた同人を乗車させて立ち去り、結局賍品八万円余の中三万円をホテル代ガソリン代として受取り、また手形は二枚とも換金方頼まれて預つたというのであり、しかも、被告人の公判廷における供述によれば被告人は犯行現場の前まで車を運転していつて、隣りの工場に人が集つているのを知り竹本に「もう駄目だ、帰ろうよ。」と声をかけたこともある、というのである。こうした供述によつても、被告人は本件犯行につき重要な役割を演じているのであつて被告人は単に幇助の刑責にとどまるものと解し難いばかりか、被告人と竹本の両者の供述と比較検討するに、竹本の供述の方が具体的でしかも自然な供述をしており、同人の供述の方が証拠価値が高いものというべく、これを中心として、前示(証拠)欄記載の右事実に対する証拠を総合して考察すれば、前示にとどまらず被告人自身も前記高橋鉄工所二階事務室内へ入つたことも認められ、所詮被告人は竹本と共同正犯としての刑責を負うべきものであるというべきである。弁護人の主張は採用することができない。

(累犯加重の原因となる前科)

被告人は、昭和四四年一一月一七日東京地方裁判所において業務上横領罪により懲役二年に処せられ、同四五年一〇月二一日確定し、同四七年一二月一四日右刑の執行を受け終つたもので、この事実は検察事務官作成の被告人に対する前科調書によつて明らかである。

(法令の適用)

法律によると、被告人の判示第一の各所為はいずれも刑法二四六条一項に、同第二の所為は同法二三五条・六〇条に、同第三の所為は同法一〇二条・九八条・六〇条に、それぞれ該当するところ、被告人には前示前科があるので、同法五六条一項・五七条により再犯の加重をし、以上は同法四五条前段の併合罪なので同法四七条本文一〇条により最も重い判示第一の別紙犯罪事実一覧表番号5の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をし、その刑期範囲内で被告人を懲役二年六月に処し、未決勾留日数の算入につき刑法二一条を適用し、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項本文によつて全部被告人の負担とする。

よつて主文のとおり判決する。

(別紙)

犯罪事実一覧表

番号 犯罪年月日 犯罪場所 被害者(被欺罔者) 騙取金額 欺罔手段

1 昭和四八年 一〇月三一日ころ 東京都新宿区百人町二丁目二六番一八号 鍋島和子方 鍋島和子 (当三六才) 現金 九四〇、〇〇〇円 松戸で印刷屋をやつているが資金が足りないので一〇〇万円融資してくれないか、利息は月六分で昭和四九年二月二八日までに返済するからと虚構の事実を申し向けた。

2 昭和四八年一一月五日ころ 東京都台東区上野六丁目一〇番一四号 喫茶店 岡城内 保科勤二 (当二八年) 現金 九五〇、〇〇〇円 今度貴金属の仕事にも手をつけるようにしたが、至急一〇〇万円必要になつたので貸してくれ利息は月五分で昭和四九年五月一日までには返えすからと虚構の事実を申し向けた。

3 昭和四八年 一一月一六日ころ 前記 鍋島和子方 鍋島和子 現金 一、三一六、〇〇〇円 上野でアサヒプリントという印刷会社をや つている布施さんという人の会社が倒産しそうになつている、この会社が倒産すると元金も返えらないので、その会社を建て直すために一四〇万貸してくれ、月六分で二、三か月で返えすからと虚構の事実を申し向けた。

4 昭和四八年 一二月一〇日ころ 右同 右同 現金 九四〇、〇〇〇円 名古屋の春日井市で洋品店をやつている川地という人に二〇〇万円ほど融資してあり、今度川地さんが病気で入院してしまい、そのため自分が代つてその店をやつてやるので仕入資金を一〇〇万円貸してほしいと虚構の事実を申し向けた。

5 昭和四九年 一月二一日ころ 前記 鍋島和子方 鍋島和子 現金 一、四一〇、〇〇〇円 今度名古屋でカフエテラスを出すようになり内金三〇〇万円を払つてきた二月に店をオープンするので今内装工事をやつているところだがこの店の回転資金が足りないので一五〇万円貸してくれ、利息は月六分で二、三か月で必らず返えすからと虚構の事実を申し向けた。

6 昭和四九年 一月三一日ころ 東京都新宿区西新宿八丁目八番一三号 菅生マンシヨン一〇号室 吉岡和子 (当二八才) 現金 九五〇、〇〇〇円 貴金属の売買を始めるのでその元手がほしい、一〇〇万円貸してほしい、利息は月五分で八月三一日までに返えすからと虚構の事実を申し向けた。

7 昭和四九年 三月一日ころ 右同 右同 現金 七一〇、〇〇〇円 名古屋の洋品店が倒産しそうなので、それを助けたいから又、一〇〇万円都合してくれないかと虚構の事実を申し向けた。

現金合計七、二一六、〇〇〇円

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